冬の旬、海の幸と言えば、カニですね。
カニの種類はタラバガニや花咲きガニ、ズワイガニや毛蟹などいろいろな種類がありますが、

その中でも、今回はカニの味が奥深い、「タラバガニ」について記載したいと思います。

 

まず、タラバガニは分類学上による分類では、タラバガニは、カニと名前はついていますが、
甲殻類の分類の中で、ヤドカリ科の仲間になるそうで、
そしてその中でも、タラバガニ科のタラバガニに属する、種類の甲殻類だそうです。
タラバガニは、元々はカニにかなり近いヤドカリの仲間であったらしく、時と共に完全にカニの分類のタラバガニ科になったそうです。

 

つまり、分類上はヤドカリ科も知れませんが、
本来は、新種のカニと言った方が、言葉的にピッタリなのかも知れませんね。

 

タラバガニが日本で、一般的に食材として食べられるようになったのは、意外と新しく明治維新の後の明治時代に入ってからだと言われています。

それで、タラバガニの名前の由来ですが、タラバガニという名前がついた理由はいろいろな節があるそうです。

 

一節には、タラバガニは魚の鱈という魚の漁をしている時に一緒に良く獲れていていたそうですが、
それで、タラバガニという名前がつけられたという節があります。
しかし、当初はタラバガニは市場に全く価値が無く、せっかく網にかかっても、全部棄てられていたそうです。
これは、全くもったいない事だと思いますが、当時はそれが
当たり前だったのかも知れません。

 

また、別の説では当時は、商品価値が無い事から、浜辺に山積みに棄てられていたそうです。
それを、殻場と言われていた事から、名前がつけられた説があるそうです。

 

また別の説としては、タラバガニの漢字のあて字で「多羅波蟹」とよく記入されていたようです。
その当て字から来ている説もあるそうです。

 

それにしてもあんなに美味しいタラバガニが、食べられていなくて棄てられいたとは、正直驚きました。

昔の漁場はかなりの魚が獲られていたそうですので、カニは見向きされなかったのかも知れません。

 

後、タラバガニが食材として広まった理由ですが、明治時代には、サケ、マス漁は缶詰も非常に盛んであり、現在の何倍も漁が行われていたそうです。

しかし、明治時代の一時期に、急激にサケ、マス漁が衰退した時期が存在し、缶詰の生産が縮小してしまったようです。

 

その時に浜辺に棄てられているタラバガニを見て、最初はサケ、マスの変わりとして缶詰として、販売されていたようです。
その時に、タラバガニの缶詰が美味しかった事から急速にタラバガニが、水産物資源として認められるようになり、全国的に広まったようです。